「実家依存症」
最近よく聞くこのフレーズ、男性の場合はマザコンなどとよく言われますが、女性の方もなかなかしぶとくて厄介です。
このブログでは、私が実家依存症の妻と暮らした経験をまとめています。
この記事を通じて、
- 実家依存症の妻と結婚し、一緒に生活をすることがいかに大変な苦痛を伴うかということ。
- 実家依存症の妻と関わることは、夫の人生を狂わせるだけでなく、その他多くの人たちも巻き込んで危害を加えること。
- 実家依存症の妻との離婚は想像を絶するレベルで精神的な負担を強いられること。
以上のことをこのブログを訪れた方々に分かっていただきたく、今までの離婚に至るまでの経緯をまとめました。
この記事をお読みいただき、少しでも多くの方にこの悲劇を回避していただければと思います。
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急に出る子供の話
このころから、それまで会話に上がることのなかった「子供」の話が急に話題に上がるようになる。
はじめに言うが、私は子供が好きな方だ。親戚の子供でも自分の子供のように可愛がるくらいだから、自分の子供であれば、なおさらである。
ただ、妻からその話が出ても、素直に賛同したい気持ちにはなれなかった。
子供がいない時でさえ自分に余裕がなく、常に何かに追われているような状況である。子供が産まれたらどうなるかは容易に想像できる。
このことは、妻には絶対に言えないが。
そんな懸念があったので、子供の話が上がってもスルーしていた。
妻:「前から思ってたんだけど、子供の話していてもあんまり聞く耳持たないよね。
こんな大事な話はお互いに向き合って話すべきだと思うんだけど。」
私:「そうだと思うんだけど…。」
妻:「何を言いたいの?はっきり言ってよ!」
このようなやりとりがたびたび起こっていた。
心の中での葛藤
今から思えば、あの時にさっさと離婚していれば良かったと思う。
産まれてくる子供には本当に申し訳ないが、子供が産まれれば妻の実家依存だけでなく、躁うつ症状も更に顕在化するに違いないと思っていたからである。
ただし、当時はそこまで事を進める勇気がなかった。
とりあえず現状を維持していれば、周りの顔も立つし、仕事でも引け目を感じることがないと思ったのだ。
人間は居心地のいい状態を維持しようとする生き物である。
二つの選択肢があれば、とりあえず、変化の少ない方を選んでしまう傾向があるものだ。
当時の私もそのような状況であったので、やはり妻の思う通り、子供を作る方向へと進めるのが妥当との結論に至った。
その後、数ヶ月がたった。
妻は妊娠し、その後無事に出産となった。
本当に可愛い子供が産まれてくれたと、私も私の親も大変喜んだ。
実は、ここまでは非常に順調であった。
つわりやその後の精神的な不安等あっただろうが、二人で助け合いうまく乗り越え、あの時の不安など微塵も感じさせないようになっていたのだ。
なぜ、こんなに順調に出産まで来たかというと、あの毒親が子供が嫌いだということに起因している。
とにかく子供が嫌いで、妻が妊娠してからはあまり妻も毒親とやりとりをしていなかったようだ。
「これはもしかしたら、出産を契機として毒親の支配から解放されるのではないか?
そうであれば本当に良いことづくめだな。」
今後の家族との生活に対して自信を持たせることができた。
退院からの誤算
出産後は病院で数日間過ごし、母子共に健康な状態で退院を迎えることができた。
今まで病院で一時的に預かられていた子供が母親に渡され、無事に退院することとなった。
その後帰宅し、用意していた子供の布団に寝かしつけたところから、雲行きが怪しくなる。
妻が急に泣き始めた。
妻:「こんな小さな子供を自分で育てていく自信がない!
お風呂の入らせ方もミルクのあげ方も何も分からない!
どうしたら良いの!?」
私:「二人で一緒に育てて行ったら良いじゃないか。そんなに卑屈になることないって。」
妻:「でも、病院の人が言ってたミルクの温め方もどうやったら良いかも分からんし。」
私:「とりあえず、ポットとかガーゼとかおしめとか欲しいと思うものは全部僕が買ってくるから、しばらく子供のことを見ててよ。」
妻:「そんなん、外に出られたら私一人になってしまうやんか!
頭がおかしくなってしまいそう!
もう、親を呼んでも良い?」
私:「……分かった。」
今までは毒親を呼ぶとなると拒絶反応を起こしていたのだか、今回ばかりは受け入れざるを得なかった。
妻の精神状態は極限にまで達しており、子供の世話はおろか、自分のケアすらロクに出来ない状態となっていた。
「これはヤバイ!」と察知、即座にミルクやオムツなど慣れないながらもなんとか用意し、泣いていた子供も寝かしつけることに成功した。
しかし、この作業時間は本当に短く感じた。
普段なら、妻の実家から自宅までは車で1時間半程度かかるのだが、今日は子供の世話が終わった瞬間、親二人がやってきた。
それだけの間、無心に作業をこなしていたのだろう。
妻は相変わらずソファーでうつぶせになって倒れている。まるで育児放棄をしたパンダの母親のようだ。
毒親は妻の状況を見て即座にこれは駄目だと思ったのだろう、子供と妻を実家に連れて帰るといった。
いくら毒親で子供嫌いであっても、この状況は見るに耐えなかったのだろう。
毒親には申し訳なかったが、これほどありがたいと思うことはなかった。
このまま毒親が連れて帰ってくれなかったら、妻が倒れている横で私が子供の世話を続けることとなり、仕事へ行くこともままならなかっただろう。
毒親には感謝の意を表し、子供と妻を連れて帰ってもらった。
それにしても、妻が子供が泣いている横でうつ伏せになって倒れている状況はかなりシュールであった。
こんな状況では、今後妻がきちんと育児ができるのか不安でならない。
自分が不安に思っていたことが、まさに的中したのだ。
そのまま実家に入り浸り
それから、私は平日一人暮らしをしながら会社に通い、休日になると妻の実家に週一回程度の頻度で出向く生活が続いた。
その間、妻の症状は徐々に回復しており、子供も見る見るうちに大きく成長してきた。
しかし、時間が経過するにつれ出向く頻度も低下し、それぞれが別の生活をするようになってから約3カ月が経過していた。
さすがに3カ月も毒親の元で生活を続けるのを看過することはできなくなってきていた。
子供の世話は毒親がほぼ掛かりっきりで迷惑をかけているし、妻が子供の面倒を見きれていないのも気がかりとなっていた。
休日に私が出向いたある日、妻と毒親に対し、そろそろ子どもを連れて自宅に帰ってきてはどうかと聞いてみた。
妻:「子供にとっては、マンションよりも自然があって広いこの家の方がいいと思うのよ。
うちの親も最近は孫が可愛いって言ってよく世話してくれてるし、みんなで協力し合って育てていった方が子供の為にもいいでしょ。」
私:「そうは言っても、出産してからもう3ヶ月も経つよ。
いい加減、家に帰って自分達だけで子供の世話をしていかないと、僕の立場もないよ。」
そこに毒母が間に割り込んできた。
母親:「娘が居たいって言ってるんやったら、そのままでええんちゃうの!
もうこれ以上、ごちゃごちゃ言わんといてくれる!?」
教祖にそこまで言われると、これ以上対抗しようがない。私はそそくさと退散することにした。
ここから一人暮らしは更に続くこととなる。
夫の逆襲
あれから更に3か月経過した。
実家に帰ってからトータルで6カ月経過したことになる。
ここまでくると、さすがに一人で生活するのも辛くなってくる。
妻が恋しいとかそんなことではなく、ただ資金面が厳しいのだ。
給与収入は自分の小遣い分を残して生活用口座に振り込み、妻が好き勝手に出金している状態である。
この状態が今後も続くのであれば、生活が実質的に破綻するのは間違いない。
ここまでくると、あきれを通り越して怒りに変わってくる。
怒りに任せて妻に電話を掛ける。
私:「もしもし。(夫)だけど、子供を出産してから実家に住み続けてもう半年になるけど、今後どうするつもり?
もう自宅に帰るつもりはないってこと?
まだ自分一人で子育てとかなにもやってないじゃん。」
妻:「前にも言ったじゃない!子供の教育にはこの場所が一番いいって。
あなたもここにいればいいじゃない。」
私:「だからさ、こっちは仕事があるんだから、行けるわけないじゃん。じゃあ、もうこっちには戻ってくるつもりはないっていうこと?」
妻:「今は考えていないけど。」
私:「じゃあさ、こっちにも考えがあるんだけど。」
一瞬、妻が唾をのみ込んだような音がした。
私:「預けている口座の件だけど、こっちにも生活があるんだから、今までのように小遣いだけというわけにはいかない。
あんたには育児休業手当があるし、親からの支援もあるだろうから、あんたに対する生活費はこれ以上支払わない。
子供の生活費のみ入金する。」
妻:「何言ってんの?あなたは今、私と婚姻しているのよ!
生活費入金しなかったら、もう家庭崩壊と一緒じゃない。」
私:「もう既に崩壊してるだろ!
そっちから半年間も別居状態にしておいて、なに今更なこといってんだよ!
もう電話切るわ!」
妻:「……。」
15分後、今度は毒父親から電話がかかってきた。
父親:「うちの娘に色々言ってくれたみたいやな!生活費振り込まないとはどういうことや!」
こうなったら、もう私の怒りは収まらない。
私:「生活費?家族を別居状態にして一人のほほんと生活しておいて、今さら何言ってんだ!
こっちは今まで小遣いだけで生活してきたんだ!
あんたが何を言おうと今後あんたの娘への生活費は入金しない!
これ以上あんたの娘を実家にかくまうのであれば、こっちには更なる考えがある!」
父親:「……」
一瞬、間が生じた。
父親:「その考えって一体何?」
私:「あんたもう分ってるだろ?」
父親:「ちよっ、ちょっと待って!もう一度電話掛け直すから、時間も、もらっていいかな?」
最後の毒父親、明らかに焦ったような声を発していたな。
夫婦って、婚姻届出すまでは、他人なんですよね。
で、うまくいかないと、離婚届出して、また他人となる。
個人差がかなりあるので一概には言えませんが、
男性は「これくらい、してくれてもいいだろう。」とか、
「これくらいなんでしてくれないんだ!」という思いは多いんじゃないでしょうか。
多分、妻を他人と思ってないから、そう思うんでしょう。
恋人を含め、かなりの女性は、そう思ってません。
ギブアンドテイクは、夫婦になっても働いています。
お金を稼ぐのは男性とか、家事は女性がやるものということではありません。
双方で、やるやらないのバランスをとらないと、軋轢が生まれます。
こういった点を、やさしく書いてありますので、「なかなかケンカして、仲直りできない。」と悩んでいる方、読んでみてもいいのではないでしょうか?
【つづく】
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